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躁うつ病と診断されるまで⑤

ようやく受診の日が来た。

初診なので2時間くらいかけて若い男性の医師に今までの経緯などを話す。
(この医師がのちに主治医となる。)

私も今までの経緯なども書類を作っていっていたので渡した。


主人は激しい貧乏ゆすり、言葉もたどたどしい。


聞き取りが終わって出る直前に私は医師に


「数日前に自殺未遂をしています。」と報告した。


その後診察室に。入るとベテランそうな女性医師だ。


改めて主人に色々と質問をする。


「初めて心療内科にかかったきっかけは?」の質問に


主人は「妻の母に借金を頼まれて、自分が大事にしていた外車を売ることにした。


それから精神的に不安定になり、ずっと病院に通っている。」と


診察室で、しかも私ではなく初対面の医師にそう告げた。


かなりショックだった。


そして「妻とは離婚したいと思っている。妻が病気が治るまでは離婚しないと言ってくる」


など追い打ちをかけてくる。


私が「離婚のことは病気が治ったら考えるので、とりあえず治療に専念したい」


と女性医師に告げると「いい奥さんじゃない。冷静で。」と褒めてくれた。


しかし主人は


「外面がいいんですよ。」とまたまたきつい言葉。


今考えるとこれも症状の一つだったと思う。


その日に入院を勧められたが主人は拒否。


理由は「たばこが吸えないから」


数日かけて少しづつ説得して、ようやく納得。


3月末から45日の入院が決定。


そして入院中ついた診断が


重度の「全般性不安障害」と中度の「双極性障害Ⅱ型」の2つ。


やっと適切な治療に入ることができた。

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躁うつ病と診断されるまで④

主人は、車・釣り・熱帯魚・歴史・・・など多くの趣味を持っていた。


2人とも働いてるし、子供もいないので結構好きなようにお金も使ってしまっていた。


どちらかというと、主人が「○○が欲しい」という要望に私が文句を言いながらでも答えるというもの。


でもこだわりが強い主人の要望はだんだんとエスカレートしていき


もうついていけないので「おこずかいの範囲でしてください」と


私は関知しないことにした。


でもこれが失敗だった。


私に内緒でカードをたくさん作り、多重債務に陥ってしまっていたのだ。


しかも私が仕事や出張でいないときに荷物が届くようにして、


届いたものは隠していたり、知らぬ間に車に設置されていたり・・・


発覚したのは、会社の財形を内緒で下していたのと、メインのクレジットカードで何十万もの


キャッシングの伝票を見つけたことだった。


半狂乱になりつつ、追求。


総額 数百万ほどになっていた。


この時主人の症状もかなり悪く、自殺未遂・離婚の申し出・暴力など


結婚生活で最も最低な時期だった。休職から3~4か月たった頃の話。


これはうつ病なんかじゃない。なんかおかしい。


このまま近所の心療内科に行っていても治るはずがない!と大学病院に予約を取った。


初受診は約1か月後。それまで私耐えられるか?とても不安でいっぱいだった。


この時同時に、主人の両親からもかなりの攻撃を受けた。


よく、毎日仕事に行って・夜バイトもして主人の世話もしてたな。


今考えるとすごいなと思う。

躁うつ病と診断されるまで③

主人の症状は変わることなく、上司から「休職したらどうか」


という提案をしに家まで来てくれた。


腰痛で3週間ほど休んでいたので、そのまま休職することに。


相変わらず、心療内科・整形に通いながら


自宅療養していたけれどもそれ以上のことを何をすればいいのか


分からなくて。


私自身も仕事が忙しく、家にずっといる主人に


「少しは家事をしてくれ」「これをやっておいてくれ」と


色んなことを頼んでしまっていた。


自宅療養しているのに、病人扱いできなかった。


毎日嫌味を言い、主人も昼夜逆転の不規則な生活。


そんなある時、主人の財布をみるとすごい枚数のクレジットカードを発見。


そういえば色んな物が届く。


それはローンで買っているから大丈夫というが、


ちょっと不安になってきた。


でもおこずかいの範囲でしているというし…と


その辺はまじめな主人に限ってと信用していた。

躁うつ病と診断されるまで②

私は数年前、子宮筋腫の手術をし2週間ほど入院した。

主人は毎日仕事帰りにお見舞いに来てくれた。

ある日、仕事中に腰を痛めたらしく病室のソファーで

すごく痛そうに横になっていた。


これが、「腰痛」の始まりだ。


この腰痛がきっかけで主人のもともとのうつ病はさらに悪化することに。


腰痛で整形外科に病院を何件も回るがこれといった診断も出ず


メンタルの薬を飲んでいるとわかると「ストレスですよ」で済まされ


でも痛いから鎮痛薬を何錠も飲んで痛みに耐えながらの仕事。


薬もそのうち効かないと言い、


毎日ペインクリニックにブロック注射に通う日々。


それもダメになると、

リリカ・トラムセット・リン酸コデインといった

強い薬を飲むように。


仕事中に「尿漏れをする」と言い出し


成人用のおむつをつけて出勤。


暑い夏だったから、周りの人が自分のことを


くさいと気づいている。恥ずかしい。と言う。


腰が痛く、足もしびれて引きずりながら仕事をしているのに


こんなに頑張っているのに…って毎日戦っていた。


保険がきかないレーザー手術も2回した。


抗うつ剤・鎮痛剤・そのほかの持病の薬ですごい量の薬を飲んで

そんな主人を見るのはもう嫌だった。辛かった。

薬を飲むこと以外行動できないのか?


もういったい、何が原因で、どうしたらいいのかよく分からなくなっていた。

躁うつ病と診断されるまで①

主人はもともと生真面目な性格。

仕事も忙しく、毎日帰りが10時ごろになる日も。

忙しすぎて、厳しい上司がいることも聞いていたし

夫婦生活も穏やかなものではなかったし

いつしか主人は近所の心療内科にかかるように。


私は主人に対して

「薬を飲んでも状況が変わらないのに逃げるな」
「世の中にはもっとハードに働いている人がいる」など

と思って、どんな薬をどのくらいの量飲んでいるか?

無関心だった。

薬はあまり変わらず、病院に行けば普通にもらえて

薬を飲むことだけが解決にはならないのに…と

むしろ腹を立てていた。

薬は「うつ病」患者に出される

ドグマチールやデパス、コンスタンなど。

睡眠薬もだんだん強いものになっていった。

主人は自分でそれらの薬を調整して飲んでいた。


会社で倒れたことも2回あった。

業務内容がハードすぎて、人出も足らない、

派遣で来る部下の教育や色んなことで主人は一杯いっぱい

だったんだと思う。

家に帰っても私の小言や愚痴など聞いてくれて寛げないし。

すごく辛かっただろう。

そんな状況が数年続いていた。

~ ② へつづく ~

Appendix

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